フツーに方丈記

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著者名
大原扁理(著)
発売日 2022年02月15日
価格 1600円+税
判型 四六判
ISBN 9784910053264

 

人生詰んだ。

そんな時、方丈記は役に立つ。

 

コロナ禍と親の介護で崩壊した、これまでのハッピー隠居ライフ。

実家に戻り、父親のおしめを替え、家族の食事を作りながら、いつもフツーに傍らにあったのは方丈記だった--。

『年収90万円でハッピーライフ』『なるべく働きたくない人のためのお金の話』著者、最新作。

 

【目次】

なぜ、いま方丈記なのか(まえがきにかえて)

Ⅰ あたらしい方丈記(大原扁理・監訳)

Ⅱ コロナ禍に方丈記を読みながら考えたこと
1 日々は無常のレッスン
2 私たちが社会に依存する時、社会も私たちに依存している
3 人間らしさとは何か
4 いいじゃないですか、大したことない人生だって

Ⅲ 方丈記原文(総ルビ付)

【なぜ、いま方丈記なのか(まえがきにかえて)】

 こんにちは。大原扁理です。

 はじめましての方も、私を知ってくださっている方も、まずはこの本を手に取っていただき、ありがとうございます!

 

 突然ですが、人って、いつかはわからないけど必ず死にますよね。

 そりゃあもう死ぬ。死ぬったら死ぬ。

 何をそんなわかりきったことを、と思われたでしょう。

 でも、いつか必ず死ぬのに、そのために何かをしているのかと問われたら……「特に何も」と答える人が多いのではないでしょうか。

 

 私の積年の疑問に、「人はいつか死ぬって、みんな頭ではわかってるのに、なぜ死にそうになると慌てたり、後悔したり、怖くなるのか?」というのがあります。

 理由は複数あると思います。

 ひとつは、それを経験したことがないからわからない、という未知の恐怖。これはわかります。ていうか、死んでたら今この文章を私が書くことも、あなたが読むこともないわけで、全人類共通の未解決問題であるからして、誰にもどうなるのかわからない。私だって死に際には死ぬほどジタバタするかもしれません。

 もうひとつ。私が想像するのは、未練です。明日死ぬとなった時に「ああすれば良かった、こうすれば良かった」という未練が多ければ多いほど、死にたくなさがグーンとUP!

 でも、こっちなら生きてるうちに対策のしようがあります。「どう生きれば最期に満足して死ねるか?」を今のうちからでも考えて、日々実践していけばいい。

 

 と、言うのは簡単ですが。

 

 いつの世も、この「どう生きれば最期に満足して死ねるか?」は至上の難題みたいです。

 わからないので、とりあえず「世間ではどう生きるべきとされているか」に自分を合わせておく。もしくは「いかに最期(死)を考えないようにするか」に照準を絞って、答えをずるずる先送りにする。

 たぶん、現代社会で多くの人が採用しているのはこのどちらか、あるいは両方の「その場しのぎ」だと思います。

 でも、その場しのぎをどんだけ重ねても、所詮はその場しのぎ。「世間ではどう生きるべきとされているか」は、世間一般向けに設定されているものだから万人に合うわけないし、どれだけ考えることを避けたところで、死からは何人たりとも逃げ切れないんですよね。

 自分の生を他人に生きてもらうことができないのと同じく、自分の死を他人に死んでもらうこともできない。誰だって必ず「どう生きれば最期に満足して死ねると、世間ではなくあなた自身が思うか?」に強制的に向き合わされる時が来る。

 たとえば、ケガや病気などの個人的危機。

 さもなければ、災害や紛争などの社会的危機として。

 

 私たちにとって、2020年に始まったコロナ禍はそんな危機だったのではないかと思います。

 社会の機能はあちこちでストップし、仕事や学校、娯楽、生活のあらゆることが立ち行かなくなりました。人々は不安や疑念や恐怖にとりつかれ、真偽の曖昧な情報が錯綜し、コロナに感染した人や感染を疑われる人たち、地域外から来た人、また医療や流通などキーワーカーと呼ばれる人たちへの差別や攻撃が蔓延しました。私が覚えているものでは、県外ナンバーの車を見つけて傷つける、特定の外国人の入店を拒否する張り紙が店頭に貼られる、医療従事者がいる家庭の子どもが保育園の登園を断られる、などです。

 

 私は、すべての不安は突き詰めると「死」への恐怖につながっていると思っています。だけど、コロナじゃなくたって人は死にます。というか、日本ではコロナ前の平時のほうが死者の数は多かったのです。厚生労働省の人口動態統計によると、2020年は「死亡数は137万2千755 人で、前年の138 万1千93人より8千338人減少し、11 年ぶりの減少」となっています。細かく見ても、肺炎(新型コロナなどを除く)・心疾患・脳血管疾患・インフルエンザ・不慮の事故、いずれも前年より死者数は減少しています。

 それなのに、コロナであっけなく大混乱に陥った私たち、あんなに簡単に持続不可能になった私たちの生活とは一体何だったのか? そして私たちは、これからどう生きていけばよいのか?

 

 

方丈記と私

 

 方丈記には、それに対するひとつの答えがあると、私は思います。

 ご存じのとおり、方丈記は鎌倉時代に鴨長明という僧侶が書いた随筆です。

「ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず」

 という冒頭はあまりにも有名で、国語の授業で必ず取り上げられますよね。私も冒頭だけは知っていましたが、高校生の時にそれを読んでも「で?」ってなもんで、授業が終わると同時に忘却の彼方にポイ。

 よく”日本人の無常観を表した作品”とか言われますけど、人生これから! っていう高校生にとって、物事が移り変わっていくことは「流行」で、流行とは刺激的なエンターテインメントでしかないわけで、「もののあはれ? 何じゃそれ」というほどの感想しかなくてもむべなるかな、です。

 

 時は流れ、20代も半ばに差し掛かったころ、私は世をはかなみ、東京郊外で自称・隠居生活を始めました。社会と距離を取りまくり、労働も消費活動も最低限にして、週休5日でハッピーに暮らすことにしたのです。

 ……と書けばカッコいいですが、なんのこっちゃない。他の人がフツーにやってるような経済活動が向いてなさすぎて、自主的にドロップアウトしただけです。

 このあたりのことは『なるべく働きたくない人のためのお金の話』などの著作に書いてあるので、興味のある方は読んでみてください。

 

 さて、自称・隠居生活を始めて間もなく、東日本大震災が起こりました。東京在住だったので直撃というわけではなかったのですが……というか、直撃ではなかったにもかかわらず、東京ほどのメガロポリスが即機能不全に陥った衝撃は今でも忘れられません。

 私たちが当たり前と思っていた生活様式って、まったく持続可能じゃなかったんだ……。

 あの時に感じた「この社会って全然当てにならねーじゃん」という危機感が、なるべく社会や他人に任せず、自分にとって必要なものを自分でまかなう「隠居生活」へと私を導いたのかもしれません。後付けかもしれないけど、今となってはそう思います。

 

 私が初めて方丈記を通して読んだのは、自称・隠居生活も板についてきた頃、東日本大震災発生から2~3年後だったと思います。

 それならフツーに2013~2014年頃と書けばいいものを、わざわざ東日本大震災を起点にしたのは、やはり読みながら震災後の私たちの生活と引き比べずにはいられなかったから、です。

 だって、鎌倉時代に書かれたものなのに「あれ? これってつい最近あったことじゃん!」と思わずにいられないほど、人々が悩み、戸惑い、苦しむ様子が、東日本大震災後を生きる私たちとそっくりだったんです。正直、かなり驚きました。

 

 それと、震災の翌年の2012年は、方丈記からちょうど800周年だったこともあり、あの頃は方丈記関連の書籍がたくさん刊行されていたという事情も影響していると思います。ずいぶん読みやすい現代語訳もいくつか刊行されました。私が手に取ったのはその中のひとつ、新井満さんによる『自由訳 方丈記』(deco)でした。

 

 そんなこんなで、コロナ禍の緊急事態宣言下でもあらためていろいろと読み返したのですが、感想は震災後に読んだ時と同じ。この人類の成長してなさたるや!!(笑)

 と、同時に、ものすごく安心もしたんですよね。

 な~んだ、どんなに新しい地震や疫病に見舞われたって、結局起こることは800年前とほぼ同じなんだな。800年前と同じなら、この先も変わらないんだろうな、と。

 

鴨長明って何者?

 

 ここで、本編に入る前に鴨長明という人物をカジュアルにおさらいしますね。

 

 鴨長明は、1155年(久寿2年)に、京都は下賀茂神社の禰宜の次男として生まれました。禰宜というのは、当時の下賀茂神社における神職の最高官位で、正禰宜惣官と呼ぶこともあります。

 当時、天皇や政治と深い関わりのあった下賀茂神社、その神官の家系に生まれるということは、由緒正しき家柄のボンボンってことです。長男が早くに亡くなったため、長明は跡継ぎとして期待されることになりました。スタート地点は恵まれまくりの、安定を約束された人生です。

 しかし、長明が18歳くらいの頃、父親が逝去。

 盤石だと思われた後ろ盾をあっさり失った長明は、一族間の跡目争いに敗れ、次第に没落していきます。

 

 一見、人生詰んだと思うでしょう? しかし、ここからが長明のお気楽隠居生活の始まりであり、彼のちょっとヘンなところでもあります。長明は、地位も名誉も財産もあきらめて、というか、それに対して反乱でも起こすかのように、自分で鴨川のほとりに小さな家を建て、ひっそりと暮らし始めるのです。

「なんや、こんなんでも全然ハッピーに生きていけるやん。社会の常識って何やったん」と思ったのかどうなのか、反乱ライフは加速の一途をたどります。長明は鴨川からさらに山の中へ引っ越し、出家も済ませ、家はとうとう5畳程度の小さな小屋に。

 野草や木の実を食べ、沢から引いた水を飲み、衣服は藤で自作。ときどき托鉢もしていたようですが、限りなく自給自足に近い、必要最低限の質素な生活です。

 

 でもこの鴨長明、悟ってるかといったらそうでもないんですよね。そんな山奥ひきこもり生活で何をしていたのかといえば……特に何もしていない。強いて言えば、琵琶や琴を弾いたり、和歌を詠んだり、文章を書いたり。出家した僧侶のはずなのに、修行も読経もガンガンさぼるし、ものすごいテキトー。それでいて自己肯定感は無駄に高い。かと思えば、山奥ひきこもり生活に自信がなくなって急に弱気になったりするんです(笑)。しっかりしろ!

 

 ともあれ長明が「幸せとは何か?」「自分はどう生きていくべきか?」について考える時、当時の伝統・宗教・家族観に縛られることなく、一個人としての生き方・考え方を構築できたのは、ハッキリ言って驚異的だと思います。

 というのも、長明が生まれた平安時代は、現代とは比べ物にならないほど社会的規範も強かっただろうし、そもそも「個人」という概念があったかどうかさえ疑わしいからです。個性個性と言われる現代でさえ、社会や他人から影響されずに人生を送っていくことって、なかなか簡単にはいかないですからね。

 

 そうして長明は1212年(建暦2年)に方丈記を書き上げ、その4年後に62歳で亡くなります。

 方丈記は長明の代表作となり、関東大震災や太平洋戦争後、また東日本大震災の時など、社会が緊急事態に陥る度に注目され、何度も読み返されてきました。

 

 さて。

 この本は、私なりに方丈記を現代にアップデートする試みです。そう、枕草子、徒然草とならんで日本三大随筆との呼び声高い古典文学です。超とっつきにくそうでしょ? でもご安心を!

 この本にはアカデミックな狙いは微塵もありません(というか学者ではないので、私にそんな力はありません)。方丈記の和漢混合文が後の日本語に与えた影響とか、原文に隠された先行作品へのオマージュとか、そういったことはほぼスルーします。

 

 でもですね、こう言っては厚かましいけれども、日本に連綿とつづく隠居の系譜の末席を汚している令和の隠居(私)としては、方丈記に描かれた平安時代と似たポスト・コロナの現代において、鴨長明そして方丈記以上に気になる存在はありません。

 

 あなたが本書のどこかに、不安な日々を生きるための道しるべを見つけてくださったら、著者として望外のよろこびです。